東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5441号 判決 1962年7月19日
判 決
原告
大平武二
右訴訟代理人弁護士
糸賀悌治
福田末一
被告
国際交通株式会社
右代表者代表取締役
荒川三治
右訴訟代理人弁護士
青木定行
山田璋
中野慶治
右当事者間の昭和三三年(ワ)第三、一七二号、第五、四四一号、同三五年(ワ)第三二一号
併合株主総会決議取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
被告会社の、昭和三三年四月四日の臨時株主総会における別紙目録(一)記載の決議並びに同年五月三一日の定時株主総会における別紙目録(二)記載の決議及び昭和三四年一一月三〇日の定時株主総会における別紙目録(三)記載の決議は、いずれもこれを取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求の原因として、
「一、原告は被告会社の五〇〇株の株主である。
二、被告会社は次のとおり各株主総会を開催し、別紙目録(一)ないし(三)記載のような各決議をした。すなわち、(一)、昭和三三年四月四日、東京都文京区竹早町三四番地北投園において臨時株主総会を開催し、同株主総会において、別紙目録(一)記載のような決議を、(二)、同年五月三一日、同都同区同心町三四番地被告会社本社において第一五期定時株主総会を開催し、同株主総会において、別紙目録(二)記載のような決議を、(三)、昭和三四年一一月三〇日、前記被告会社本社において第一八期定時株主総会を開催し、同株主総会において、別紙目録(三)記載のような決議をした。
三、しかし、原告は、昭和三三年二月一〇日、自己が所有していた被告会社の株式のうち七、七〇〇株(訴外柳原安造に五、〇〇〇株、同笠原玄一、同酒井章各に五〇〇株、同野々垣弘、同沼尻健三、同柳原信二、同銭谷敏夫、同笠原敏陣、同柳原徹、同持田八郎、同持田新一同米田武、向秋元幸男、同銭谷フミ子、同軍地政明、同堀越正邦、同武井成男、同宮台孝之、同宮台誠之助、同古橋光に各一〇〇株宛合計七、七〇〇株)を各裏書譲渡し、右柳原安造ら二〇名は被告会社に対し同年二月一三日及び同年一八日の二回に前記譲渡された各株券を被告会社に提出しその名義書換の請求をした。然るに、被告会社は正当の理由なくこれを拒絶している。
四、而して、被告会社は、前記各株主総会の招集をするにあたつて、右七、七〇〇床(以下、本件株式という。)の株主たる訴外柳原安造ら二〇名に対してその招集の通知をしていない。
三、そもそも、会社が、株式の名義書換を不当に拒否した場合、会社はその移転を否定し得ないもの(大審院判例昭和三七・六民集七巻五四六頁)であるから、前記株主総会の招集にあたつては、右柳原に対しても招集通知をなすべきものであるのにかかわらず、その通知をしていないので、右総会はいずれもその招集手続に違法があり、したがつて、その決議は取り消されるべきものである。よつて、本訴請求に及んだ。」
と陳述し、
被告の主張事実に対し、
(一) 第一項は否認する。
(二) 第二項中(A)について、被告の主張は否認する。仮りに、被告主張のように原告が真の株主でなかつたとしても、譲受人たる訴外柳原安造らは善意取得者であるから被告の抗弁は当らない。(B)および(D)について、本件株式の名義書換請求が適式になされた後、株式譲渡人から被告主張のような依頼書の提出があつたとしても、著しく取引の安全を害するから、被告会社が名義書換を拒否する理由にならない。のみならず、本件株式の譲渡人たる原告は訴外大平猪一(原告の長男)を介して昭和三三年二月二八日被告会社に対し直ちに名義書換を為されたい旨を通告している。したがつて、また、被告の名義書換手続停止期間中であつたとの抗弁も理由がない。その余の点は争う。(C)について、本件株式の譲渡人の捺印のみで記名を缺いていることは認める。しかし、裏書の要件は商法第二〇五条第二項により手形法第一三条の「譲渡人の署名又は記名捺印を要する」旨の規定を準用しているのであつて適用しているのではないから、株券の裏書の場合は手形のような厳格な要式は必要でなく、捺印のみあれば足り、記名の補充は譲受人又は名義書換取扱者に委託し、その補充権は株券と共に移転し、同時にこれらの者は補充をなす義務を負うものであると解すべきである。殆に、記名株式の取得者が会社に対し株式名簿の名義書換を請求して株券を会社に提出し、会社が名義書換のための預り株券の占有者となつた場合には、記名補充権が会社に移転すると同時に会社において補充義務を負うに至つたものというべきである。けたし、会社が右の義務を免れようとするならば、名義書換請求の際、記名の欠缺を指摘して請求者に補充させるべきでありながらかかる措置をとることなく、名義書換のため株券を預り自ら補充しようとすれば直ちに補充をなし得る状態に自己を置いたからである。本件の場合、被告会社は訴外柳原安造らに対し名義書換のため本件株券の預り証を交付して該株券の占有者となつているから、記名補充権が会社に移転すると共に補充の義務も引受けたものというべきである。のみならず、本件株式のうち訴外柳原安造の分五、〇〇〇株については、株式譲渡人たる原告から昭和三三年三月一五日被告に対し同株式を含む計六、七〇〇株を同訴外人に譲渡した旨内容証明郵便で通知しているから、同郵便は「株式の譲渡を証すべき書面」と看做すべきであつて、被告は少くとも同訴外人の名義書換請求を拒否できない。その余の点は否認する。
(三) 第三項は否認する。むしろ、原告の行使した議決権の数は五〇〇株であつて、その余については、株主権を行使せず、総会席上においては本件株式七、七〇〇株に関する招集手続の違法を攻撃したくらいである。
(四) 第四項は否認する。
と述べ、
立証(省略)
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中第二項及び第四項の事実は認める。第一項及び第三項の事実は否認する。被告はさきに原告が被告会社の五〇〇株の株主であることを認めたが、右は事実に反しかつ錯誤にもとづく自白であるから撤回する。原告は被告会社の株主でない。と述べ、
次のとおり主張した。
一、株主総会の招集通知は株主名簿に記載のある株主に発すれば手続上のかしはなく、訴外柳原安造ら二〇名の名義書換手続はなされていないこと明らかであるから、名義書換のない以上右柳原に対し招集通知を発する必要はない。名義書換は会社の法律手続の処理の問題で団体法の劃一性から株主名簿記載の株主に通知を発すれば免責的効力がある。正当性の有無の如き莫然たる標準を集団的組織分野に適用すべきでない。
二、本件株式の名義書換請求を拒絶する正当理由がある。すなわち、
(A) 本件株式の真の所有権は訴外荒川三治であつて原告ではない。原告は、その名義人にすぎないから、たとえ、これを訴外柳原安造ら二〇名に対し譲渡したとしても、同訴外人らが本件株式の真の譲受人となるものではない。
(B) 仮に本件株式の真の所有者が原告であつたとしても、その譲渡人たる原告から被告会社に対し譲渡の意思がない旨の申出があつたので、被告会社としては、本件株式の譲渡がないものと認定し、その名義書換拒絶した。
(C) 本件株式の株券は株主大平武二として表示されている株券であるが、裏書の点を審査したところ、株主大平武二の取得人欄に、印はあるが記名又は署名がない。したがつて、商法第二〇五条二項により準用される手形法第一三条所定の裏書の要件を欠いており、裏書譲渡の効力を生じない。これは名義書換を拒絶する正当な理由になる。
(D) 本件訴のうち、昭和三三年四月四日の株主総会決議取消の請求部分について、本件株式の名義書換請求日は昭和三三年三月一五日であるところ、右総会の招集通知の発送日は同年三月三日であり同日より総会終了まで株式の名義書換はこれを停止することを定款の規定するところであつたから、名義書換を拒絶した。
三、原告は、昭和三三年四月四日の臨時株主総会並びに同年五月三一日及び昭和三四年一一月三〇日の各定時株主総会に出席し、訴外柳原安造ら二〇名に譲渡したという本件株式七、七〇〇株を含む一〇、九〇〇株の株式について議決権を行使しているから、本件各株主総会のかしを主張し本訴請求をなすことは許されない。
四、昭和三三年五月三一日及び同三四年一一月三〇日の各株主総会につき、本件株式の譲渡人らがその招集通知を受けなかつたとしても、右譲受人らの議決権の不行使は右総会における各決議の結果に何ら影響がないから、本訴中その取消を求める部分は棄却を免れない。
立証(省略)
理由
一、被告はさきに原告が被告会社の五〇〇株の株主であることを自白した後その自白を徹回し、原告が被告会社の株主であることを否認したが、被告の右自白が真実に反しかつ錯誤にもとづくものであることについてはその証明がないから、被告の右自白の徹回は許されず、原告が被告会社の株主であることは被告の自白するところというべきである。
二、被告会社が(1)昭和三三年四月四日の臨時株主総会において別紙目録(一)記載の決議を、(2)同年五月三一日の第一五期定時株主総会において別紙目録(二)記載の決議を、また、(3)昭和三四年一一月三〇日の第一八期定期株主総会において別紙目録(三)記載の決議をしたこと、および被告会社が右の各株主総会を招集するにあたり、訴外柳原安造ら原告主張の二〇名(以下にたんに訴外人らと称する)に対しその通知をしないことは当事者間に争がない
三、よつて、次に被告会社が訴外人らに対し右各総会の招集通知をしなかつたことの適否について検討する。
(1) (証拠)および弁論の全趣旨を総合すれば、原告は被告会社の株式二〇、〇〇〇株を有する株主であつたが、内七、七〇〇株の本件株式を昭和三三年二月一〇日頃訴人らに譲渡したこと、本件株式の株券は原告名義の記名株券であつて、原告がこれを訴外人らに譲渡するにあたつては、その株券の裏面に裏書人として原告名義の捺印のみをして記名しなかつたこと、訴外人らは昭和三三年二月一三日三、三〇〇株、また、同月一八日五、〇〇〇株(以上合計八、三〇〇株のうち本件株式が含まれている)の株券を被告会社に提出して名義書換を請求し、被告会社は右の株券を名義書換のため預り、訴外人らに対しその預り証二通を交付したことおよび被告会社はその後本件株式につき訴外人らのため名義書換をすることなく、同年二月二八日その譲渡人たる原告からその長男大平猪一を通じ直ちに名義書換をすべき旨の請求を受けながら、なお、これを拒否していることが認められ、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
(2) 被告は、名義書換は会社の法律手続処理の問題で団体法の画一性から株主名簿記載の株主に招集通知を発すれば会社は免責されるものであつて、訴外人らの名義書換手続がなされていない以上これに対し招集通知を発する必要はないと主張する。しかし、招集通知は株主名簿記載の株主に発すれば足りるということは、名義書換が正当の理由によつてなされない通常の場合にいえることであつて、会社が名義書換の請求を理由なく拒絶したような場合には、その請求者が株主であることを否定することができず、したがつて、これに対しては招集通知を発しなければならないものである。被告は名義書換請求を拒絶する理由のいかんを問わず、いやしくも現実にその名義書換手続を経ないかぎり、会社はその請求者に対し招集通知を発する必要がないというかのようであるけれども、このような見解は到底是認できない。したがつて、本件における問題は、被告が訴外人らの名義書換請求を拒絶する正当の理由があつたかどうかである。
(3) よつて、進んで被告の主張する名義書換拒絶の正当理由有無について判断する。
(A)二の(A)について。
本件株式の真の所有者は訴外荒川三治であつて、原告ではなく、したがつて、訴外人らは本件株式の株主ではないとする被告の主張のとりえないことは、すでに説示したとおりである。
(B)二の(B)について。
本件株式の譲渡人たる原告から被告会社に対し譲渡の意思がない旨の申出があつたということは、それ自体では何らその名義書換を拒絶すべき正当の理由とならない。
のみならず、前認定のように、原告はその後被告会社に対し直ちにその名義書換をなすべき旨の請求しているから被告会社としてはその請求に応じて直ちにその名義書換をすべきをむしろ当然とすべく、被告の本主張も採用しえない。
(C)二の(C)について。
裏書には裏書人の署名または記名捺印を要し、たんなる捺印のみで足りないことは法の明定するところである。それ故に、株式の裏書による譲渡も裏書人が株券に署名または記名捺印することによつてその効力を生じ、裏書人がたんに株券に捺印することのみによつてはいまだその効力を生じないとすることも一応正論としてこれを是認せざるを得ない。しかし、裏書なる制度は元来有価証券取引の安全をはかるため認められたものであつて、その特質は権利の移転的効力にあるのではなく、その資格授与的効力にあるものである。当事者間における権利の移転は本来いかようにも定めうるものであつて、必ず裏書によらなければならないとする要請は存しない。このことは、手形のような設権証券においてすら裏書によらない権利移転の効力を認める学説、判例の存することによつても明らかである。それ故に、裏書の効力を考えるにあたつては、もつぱらその資格授与的効力の観点換言すれば裏書の連続性の立場からこれを見るべきものであつて、たんに形式的に裏書の方式を履践していないということだけの理由でその効力を否定すべきものではないものといわなければならない。換言すれば、裏書は権利移転の面からすれば必ずしも重要な意義を有するものではないから、これを権利移転の効力要件とする面においてはできるだけこれを緩かに解し、これはもつぱらその資格授与的効力を認めるに支障がないか換言すれば有価証券の所持人が適法にこれを所持するものと認められるべきかどうか、すなわち裏書の連続の有無を識別しうるかどうかを基準として効力を決するを至当とする。
のみならず、そもそも裏書の連続自体必ずしもしかく絶対的意義を有するものではない。手形所持人はその実質上の権利を有する限り裏書の連続を欠くためその形式的資格を有しない場合であつても、その手形上の権利を行使しうるものとされるのであつて(昭和三三年一〇月二四日最高裁民集一二巻一四号三二三七頁)、かかる立場よりするときは、裏書の連続、したがつて裏書はもはや権利移転の要件としての実質的意義を失い、たかだか無権利者から有価証券を善意取得するための一の要件たる役割を果たす点に意義を有するのみにすぎない。この意味において、裏書の連続したがつて裏書は権利の実質的移転にその地歩を譲るものというべく、権利移転の方法としての裏書の意義は決してしかく過大視しえないものがある。
ところで、記名捺印は署名と異り、それ自体では本人の意思によるものかどうかを確かめることができない。それ故に、記名捺印による裏書に署名による裏書と同一の効力を付与することは必ずしも適当とはいえず、法がこれを認めたのは一に押印を重んずる我が国の慣行に従つたものと認むべきものである。法が捺印のほか記名を要求したのは、印影のみでは時に本人の氏名が明らかでないためであると解せられる。それ故に、記名捺印の要素は記名でなくて捺印であり、捺印によつて本人を識別しうるかぎり記名は必ずしもこれを必要としないものと解しても格別の支障を生じない。これを実質より見るも、捺印は本人の印顆を押捺するものであるから本人の意思が介在するのを常とするが、記名はたんに本人の氏名を記載するだけのことであるから、必ずしも本人の意思と必然的な連繋を有しない。記名捺印を署名に代らしめる理由の一はこれによつて本人の意思を推測するに足るとしたためであり、その推測は捺印によつて生ずるものである以上、本人の捺印があるかぎり、その記名がなくともこれに裏書の効力を認めて支障がないものといわなければならない。殊に、株券のごとくこれを離れて株式(株主権)の存在が認められ、権利を表彰する有価証券として不完全なものの移転について、設権証券におけると同様の意味における厳格な裏書を要求することを自体必ずしも適当ではなく、また、株券のごとく一時に大量にしかも頻繁に起りうる有価証券の移転につき必ず本人の記名を要することも、従らに煩瑣を強いる嫌いがある。経済界において捺印のみによる裏書によつて株式の譲渡が頻繁に行われていることは顕著な事実といつてよく、かかる経済界の需要をたんなる形式論で無視することは、決して当をえたものとはいえない。
以上の理由により、当裁判所は株式の捺印のみによる裏書譲渡を有効と解すべきものと考える。東京高等裁判所はこれを反対に解し、さきに当裁判所の示した見解を不当としたが(東京高裁昭和三四年(ネ)ネ第二四六六号、同三五年一二月一四日言渡)、当裁判所はなお、その見解を改める必要がないと信じ、いささかその理由を詳述した次第である。(附言するが、さきに見たとおり、本件における原告は本件株式を訴外人らに対し捺印のみによる裏書によつて譲渡し、原告はその長男大平猪一を通じ昭和三三年二月二八日被告会社に対し右譲受人らのために名義書換をすべき旨通知したことが認められるから、仮に右捺印のみによる裏書が裏書としての効力を生じないものとしても、なお、裏書以外の方法による株式の譲渡としてその効力を生じ、被告会社はその名義書換請求を拒みえないものと解する)。
のみならず、前示のとおり訴外人らは被告会社に対し本件株式の名義書換を請求してその株券を振出し、被告会社はこれを名義書換のため預りその預り証を同人らに交付しているのであるから、被告会社は信義則上その株券に裏書人たる原告の記名がないことを理由として訴外人らの本件株式取得の効力を否定しえないものと解すべきである。けだし、記名捺印による裏書における記名には個性がなく本来何人により記名されても差異がないものであるから、裏書人がたんに捺印のみによつて株式を譲渡した場合には、その裏書はあたかも白地裏書におけると同じく、譲受人およびその後者に対し記名の補充を許容したものと解して差し支えなく、したがつて、会社が捺印のみによる裏書のある株券の提供を受け、その名義書換をする趣旨においてこれが預託を受けた以上、会社は自らその記名を補充して名義書換をすることを承諾したものと認むべきであつて、その記名のないことまたは記名補充の義務のないことを理由として譲受人の株式取得の効力を否定することをえないものと解すべきだからである。もし、会社において自ら裏書人の記名を補充する意思がなく、捺印のみによる裏書を不適法として株式の名義書換を拒む意図であるときは、会社は譲受人から株券の交付を受くべき筋合でなく、その受領を拒否して譲受人をして記名を補充する機会をえしむるを当然とする。
しかるに、本件における被告会社は訴外人らが株式の名義書換を請求してその株券を提出した際その受領を拒否せず、同人らに預り証を交付してこれを自己の手裡に留めておきながらその名義書換手続を履行せず、しかもさきに認定したとおり本件株式の譲渡人であるから原告からその名義書換をすべき旨の通知を受けたにかかわらず、なお、これを拒否し続けているのであつて、その所為はきわめて不当であるといわなければならず、かかる不当の態度に出る被告会社は本件株式につきいまだ名義書換を経ないことを理由として訴外人らがその株式を取得したことを否定しえないものと解さざるを得ないのである。
右の見解に対し、あるいは裏書による株式譲渡の方式は第三者に利害を及ぼす関係にあるから画一的であることを要し、したがつて、法がその方式を定めた以上これに違反する方式を認めえないとする反論も考えられないことはない。しかし、捺印のみによる裏書は何人によつても、また、何時でも記名を補充されうるものであり、したがつて、捺印のみの裏書により株式が転々した場合でも、その取得者は何時でも記名の補充をすることができるから、その効力を認めてもこれがため特に第三者の利益を害するというおそれはない。のみならず、第三者はさきに述べたとおり、実質上の権利を有するかぎり必ずしも裏書の連続を問題とする必要もないのであつて、捺印のみによる裏書の効力を考えるにあたつて、第三者の利害を考慮すべき必要もしかく痛切には感ぜられないのである。問題はむしろ会社の立場にある。会社は本来株式の移転につき利害関係を有せず、いやしくも株式が有効に譲渡されたものと認められる以上その名義書換請求に応ずべきを当然とし、また、これに応じても何らの痛痒を感じないものである。しかるに、株式が捺印のみによる裏書によつて実質上譲渡され、形式上も譲渡人の記名を補充することによつて適法な譲渡とされうる場合において、会社が譲渡人から名義書換のため、株券の提供があつたのを奇貨とし、これを自己の手裡に保留してその名義書換を拒むというがごときは、名義書換に関する会社本来の使命を無視した暴挙であつて、その実質は現経営陣が譲受人の株式取得を嫌悪し故意にその名義書換を拒否しているものと推断されてもやむをえないものがある。このようなことが許されてよいものであろうか。
右の理由により、当裁判所は仮に捺印のみの裏書による株式の譲渡は記名の補充をしないかぎりその効力を認めえないとしても、かかる株式の名義書換のためその株券の提供を受けてそれを保管している会社はその譲渡の無効を主張しえないものと解する。これと反対の見解に立つ昭和三五年一〇月二九日の東京高等裁判所判決(昭和三四年(ツ)第一〇〇号)の立場は当裁判所はこれを採用しない。
以上いずれの理由によつても、当裁判所は原告の捺印のみの裏書による本件株式の譲渡は被告会社に対しその効力を有するものと解するから、被告会社がその効力のないことを理由としてした名義書換の拒絶には正当の理由が認められず、この点に関する被告の主張も採用しない。
(D)二の(D)について。
前認定のとおり、訴外人らは昭和三三年二月一三日および同月一八日の二回に被告会社に対し本件株式の株券を提出してその名義書換を請求しており、その日時は被告主張の株式の名義書換停止期間前であることが明らかであるから、被告のこの点に関する主張はそれ自体理由がない。
果してしからば、訴外人らの本件株式の取得は被告会社に対しその効力を生じ被告会社は正当の理由なくその名義書換を拒絶したことに帰するから、被告会社は訴外人らに対し本件各総会の招集通知を発しなければならなかつたのであつて、その通知を経ない本件各総会の決議は違法であり取消を免れないものといわなければならない。
四、被告は、原告は本件各総会において本件株株式の株主として議決権を行使しているから、そのかしを主張することはできないと主張するが、これを認むべき適格な証拠がないだけでなく、かかる事由は原告が本件各総会のかしを主張する妨げとはならないから、被告の主張自体理由がなく、また、被告は、訴外人らが昭和三三年五月三一日および同三四年一一月三〇日の本件株主総会につき招集通知を受けなかつたとしても、その議決権の不行使はその決議の結果に影響がないから、原告はその決議の取消を求めることができないと主張するが、訴外人らの議決権の不行使が右各総会の決議に影響を及ぼさないとは断定できないから、この点に関する被告の主張もまた理由がない。
五、以上により、原告の本訴請求はすべて理由ありと認めてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第八部
裁判長裁判官 長谷部茂吉
裁判官 白 川 芳 澄
裁判官玉置久弥は転任につき、署名捺印することができない。
裁判長裁判官 長谷部茂吉
目録(省略)